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宮本常一が撮った昭和の情景

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昭和30年から55年まで日本の高度成長期にあたる時代をモノクロ写真に収めた写真集である。
下巻には小生が年少時代から高校までを過ごした兵庫県赤穂市も掲載されている。
昭和30年代から40年最初まで国鉄赤穂線(赤穂 岡山間)には蒸気機関車が走っていた。尾崎や塩屋の浜には流下式塩田もまだ細々と稼動していた。
その頃に宮本はSLに乗って赤穂を訪れ、「ポン菓子屋のおっさん」や街中の藁葺き屋根の家などを写しており、翌日赤穂高校で講演も行っていたのである。
民俗学者宮本常一と子供の頃にすれ違っていたのかもしれないと思っただけでじ~んと来るのである。


宮本常一が撮った昭和の情景 上下巻
各2940円 毎日新聞社

日本の宿 宮本常一著

http://allabout.co.jp/travel/yado/recommend/detail00014896948742.htm
旅館の観光案内のような題名であるが、さにあらず。私が敬愛する宮本先生の書き下ろした宿のルーツと変遷を書き残した書である。
今の世の中で旅館、ホテル、民宿、ペンションあらゆる形態の宿泊施設が“何故世の中に宿が存在するのか?”と真剣に考える人間があるだろうか?しかし、研究していけば、面白い事がわかるのである。
記録として残っている旅行としては平安時代あたりらしく、熊野詣でを目的として配下の豪族の家に泊まり渡るところが日本の宿のルーツであるらしい。
時代は進み、旅行が地方の豪族クラスまでが出掛ける世の中になると豪族同士の血縁関係の手段として旅と宿が発展していくのである。言っている意味わかりますか??判らない人は放っておきますので自分で勉強してください。
さらに時代が進み、『伊勢参り』に代表される庶民の大移動が起こる世の中では、宿=売春宿になり宿場町はさらに大発展を遂げるのであります。
なかなか、説得力がある宮本先生らしい著書でございました。

沖縄のお葬式

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我が愚妻の里が沖縄で、義父が他界しため急遽沖縄に飛んだ。
厳かに葬儀、告別式を終え、納骨。合掌。

ところで沖縄の葬儀はいい。あっけらかんとしている点がいい。
納骨までは、ほぼ内地のそれと大差はないが、その後がいい。
写真は破風墓という種類。亀甲墓という古墳みたいな大規模なお墓より少しコンパクトで経済的なお墓で、現代の沖縄では主流のようだ。大体がお墓の前に庭のような空間がしつらえてあり、納骨のあとは親類縁者でお供えした食べものや飲み物を食べ尽くす。食べものを残せば、死者が成仏できないと信じられているので、“意地でも食べ尽くす”のである。
規模の大小はあるものの、初七日までこれをくり返し行なうのである。盆や正月にも先祖の供養のためにお墓の前庭で宴会は開かれる。
「自分たちの前からは居なくなったけれど、あの世で元気にしてるさ~」みたいな感覚を感じるのである。

サンカと民俗学

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サンカって言葉をご存知でしょうか?
ある人間の集団を指す言葉ですが、三角寛という俗小説作家によって(他にもいますが最も功罪が深いと言われている)犯罪集団のレッテルを貼られてしまった人たちです。
宮本常一、五木寛之、沖浦和光各氏などによってサンカと呼ばれた人たちの名誉回復を図る地道な研究が発表されています。
特に興味をひく考え方として沖浦和光氏(桃山学院大学名誉教授)
が提唱するマージナルマン=辺境の人々の存在です。
江戸時代に体制が完成したという士農工商身分制度。賎民階級のエタ非人を含めても更に階層外に位置した人たちがいました。
それがマージナル、漁民、猟師、サンカなどです。

地域の伝統食品と同じ、伝承されなくてはいけない歴史を紐解く学問が民俗学ではないでしょうか?

知ってる人は知っている・・・・

「忘れられた日本人」で一躍その名を馳せた宮本常一さん。
私が最も尊敬する民俗学者のひとりです。
柳田國男氏の視点を官僚的とするならば、対極の庶民の視線から人間の営みを記録し続けた人で、隠れファンはかなりの数だと思われます。
私が伝統食品に傾倒していったのも、宮本さんの影響があったのかな?と今になれば思います。
宮本常一を語る会 http://miyamoto.jyuan.org/

古き良き日本を知るには宮本常一の著書が一番ではないでしょうか。

ちなみに今読んでいる本は「日本の宿」
宿、宿場、旅館がどのような必然で発生してきたか?を考察しています。

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